シャントを作ったあとはどうなるの? -血液透析を始めるタイミング-
腎臓のはたらきが弱ってきたら、事前にシャントを作ることで透析の準備をすることが勧められています(血液透析のシャントを作る時期)。広瀬クリニックにシャントの手術に来られる患者さんからは、「このあとは、どうなるのですか?すぐに透析ですか?」という質問をよくいただきますので、ここでは計画的に血液透析を始める患者さんが「シャントを作ったあとのこと」について、ご説明したいと思います。
【Aさんの事例】
①シャントの手術を受けるまで
Aさんは20年以上前から糖尿病があって、10年前からかかりつけの先生に診てもらっていました。定期的に受診して、糖尿病の数字や腎臓のはたらきを調べたり、薬や食事療法などによる治療を受けたりしていましたが、5年ほど前からだんだん腎臓のはたらきを示すeGFRが低くなってきていました「参考:血液検査をしたら腎臓のはたらきを示す「eGFR」に注目しましょう」。Aさんは徐々に全身のむくみが出てきて、血液検査ではeGFRが15 mL/分/1.73 m2を下回るようになり、かかりつけの先生のご紹介で広瀬クリニックを受診されました。おそらくは糖尿病の影響による腎臓のはたらきの低下(腎不全)と考えられ、そろそろ透析などの準備が必要と判断されました。治療法には腎移植・血液透析・腹膜透析がありますが、Aさんはかかりつけの先生やご家族とも相談して、血液透析を受けることにしました。血液透析の準備のため、広瀬クリニックに1泊2日の入院をして左腕にシャントを作る手術を受けました。
②シャントの手術を受けたあと
手術の翌日、Aさんはご自宅に退院しました。手術の傷の痛みは、3日ほどでほとんどなくなりました。日常の生活では、おおよそ2週間ほどたって手術の傷がきれいに治るまでは、傷を汚さないように気を付けました。シャントには勢いよく血液が流れていますが、血管が詰まってしまわないようにするため、血液の流れを完全にさえぎらないように注意しました。また、毎日シャントの音を聞いたりシャントに触ったりして、血液が流れていることを確認しました。
シャント手術の前後でAさんのむくみなどの症状や腎臓のはたらきは変わりませんでしたので、シャントに血液が流れたまま、これまで通りかかりつけの先生に診てもらいました。また、広瀬クリニックには、手術直後は傷の診察のために通院し、その後は血液透析開始の時期を検討するために月に1回通院しました。
シャント手術の3か月後、Aさんは利尿薬を増やしても全身のむくみがだんだん強くなってきて、レントゲンを撮ってみると胸にも水がたまっていました。そろそろ血液透析が必要と判断され、透析のスケジュールを月水金の午前中に決めて、2泊3日の入院で血液透析を開始しました。
【血液透析を開始する時期】
Aさんの事例のように、シャントを作っても、必ずしもすぐに血液透析を始めるわけではありません。
それでは、いつから血液透析を始めるのでしょうか。そのタイミングの指標として、厚生労働省の基準が示されています。この基準では、薬剤などの治療を行っても改善できない症状などがあって、以下のI~IIIの合計点数が原則として60点以上になった時に、継続的な血液透析を始める必要がある状態と判断されます。以下に概説します。
I 腎機能
持続的に、
クレアチニンが8 mg/dl以上、あるいはクレアチニンクリアランス10ml/min以下 →30点
クレアチニンが5-8 mg/dl、あるいはクレアチニンクリアランス10-20ml/min →20点
クレアチニンが3-5 mg/dl、あるいはクレアチニンクリアランス20-30ml/min →10点
II 症状や検査結果
以下の(1)から(7)までの7項目の症状のうち、当てはまる症状が
3つ以上 →30点
2つ以上 →20点
1つ以上 →10点
(1)体に水がたまる:全身のむくみや、胸に水がたまる など
(2)血液検査での異常:カリウムが高くなる、血液が通常より酸性になる など
(3)消化器の症状:吐き気、嘔吐、食欲不振 など
(4)循環器の症状:血圧がかなり高い、息苦しい、心不全、心膜炎(心臓を取り囲む膜の炎症) など
(5)神経の症状:手足のしびれ、けいれん、意識がなくなる、イライラする など
(6)血液の異常:ひどい貧血、血が止まりにくい など
(7)視力の異常:目が見えにくくなる など
III 日常生活の障害の程度
起床できないほど高度 →30点
日常生活が著しく障害される →20点
通勤・通学や家事ができない →10点
さらに、10歳以下または65歳以上の高齢者、また糖尿病、膠原病(リウマチや全身性エリテマトーデスなどの病気)、動脈硬化疾患など全身性の血管に合併症の存在する場合は10点を加算する。
この基準が参考となりますが、実際の診療では、様々な状況を考慮して総合的に血液透析の開始時期が判断されます。例えばAさんのように、糖尿病が原因で腎臓のはたらきが低下してきた場合は、体に水がたまる(全身のむくみや胸に水がたまる)症状が強くなることによって、点数が60点未満でも血液透析を始めざるを得ないこともあります。また、先生方の考え方にもよりますが、「透析開始のタイミングとしては若干早めかもしれませんが、近いうちに別の大きな手術(がん等)をする必要があるので、今のうちから血液透析を始めておきましょう」ということもあります。
【透析を始めていなくても、シャントが詰まってしまうこともある】
血液透析を開始していなくても、シャントの血管が細くなったり詰まってしまったり (流れなくなる)ことがあります。そのため、それほど多いことではありませんが、血液透析の開始前に経皮的血管拡張術や手術等によるシャント治療(参考:内シャントの狭窄に対する経皮的血管拡張術(PTA)について)を行うこともあります。シャントの状態は、診察の時に医療機関でも確認しますが、患者さんご自身もシャントの音を聞くなどして、日々シャントの流れを確認していただきたいと思います。
【おわりに】
ここでは、計画的にシャントを作ったあとのことについてご説明いたしました。シャントを作ったら「全ての患者さんがすぐに透析開始」というわけではなく、それまでの治療を継続して、症状や検査結果を見ながら血液透析の開始時期を決めていきます。すぐに透析を始める方もおられますし、稀なことですが1年くらい透析せずにすごされる方もおられます。主治医の先生や腎臓専門医と、十分にご相談いただきたいと思います。
※Aさんのお話は架空の事例です
医療法人陽蘭会 広瀬クリニック
廣瀬 弥幸