新型コロナウイルスの透析医療への影響と取り組み
先日は、新型コロナウイルスによる医療の逼迫について、主に入院医療について書かせていただきました。新型コロナウイルスに対しては、それぞれの医療の分野でいろいろな事情や問題点がありますが、ここでは広瀬クリニックで行っている血液透析に特有な事情や、感染した場合に想定されることの一端を書かせていただきます。
【血液透析について】
腎臓のはたらきが通常の15%を下回るなど、かなり弱ってしまうと、様々な症状が出てきます(腎臓病や腎臓が悪くなったときの症状)。状況にもよりますが、腎臓が悪いことで命に関わる状況が近づいてくると、透析という治療を行うことが検討されます。
日本では、透析を受けておられる患者さんは2018年末の時点で339,841人おられると報告されており、そのうち約97%の方が血液透析という治療を受けています(1)。血液透析では、週に3回通院して、1回あたり3-6時間の治療を受けるのが一般的です。また、治療は複数の方が受けますので、大きな部屋に透析用のベッドと透析装置をたくさん並べて同時に治療する形態の透析施設が多く、見通しがよいため患者さんの体調変化にも気づきやすい、医療者側が業務をしやすいなどの利点があります。
【新型コロナウイルスから考える血液透析の事情】
新型コロナウイルス対策の観点から、血液透析(以下、「透析」と記載します)を受けておられる患者さんの事情を挙げます。
・新型コロナウイルスが流行していても、ほとんどの方は週3回の通院が必要です
・透析医療機関では、大きな透析室で多くの患者さんの治療を受ける形態が一般的です。例えば広瀬クリニックでは透析室が1つあって、透析用のベッドが48あります。入院施設もありますが、クリニック全体で看護師が30名前後おりますので、イメージとしては大きな病院の1病棟分のような感じです。
・透析患者さんの3人に2人は65歳以上の高齢者であり(1)、介護や送迎車などを利用して通院している方も多くおられます
・透析患者さんは体の抵抗力が弱く、様々な感染症にかかりやすいことが知られています
・透析患者さんは新型コロナウイルスに感染すると重症化しやすいと考えられており、もしも新型コロナウイルスに感染してしまった場合には、ホテルなどでの療養の対象にはならず、必ず入院して治療を受けることとされています
・透析業務は医療の中でも特殊な領域であるため、例えば看護師であればだれでもできる、というわけではありません。そのため、透析スタッフが新型コロナウイルス感染や風評被害などのため出勤できなくなった場合には、医療機関の大小に関わらず、スタッフを補充するのは難しいことです
【透析患者さんが新型コロナウイルスに感染したら:透析施設の視点】
透析患者さんが新型コロナウイルスに感染した場合のことを考えてみます。
何らかの症状によって新型コロナウイルス感染が疑われた、あるいは透析患者さんが接触者や濃厚接触者と判断されたら、PCRなどの検査を受けることになりますが、診断が確定するまでに、長いところでは数日かかります。そのため、新型コロナウイルス感染症の確定診断に至るまでは、感染対策を徹底した上で、その患者さんがいつも透析を受けている透析施設での透析を続けることになります。この場合、他に患者さんがいらっしゃらない時間帯に治療スケジュールを変更したり、カーテンで囲ったり個室を使ったりするなどの対策を取ります。また、透析施設までの通院手段の確保が問題となることも考えられます。
透析施設からしますと、感染症にかかりやすい患者さんが集まる場所ですので、クラスターの予防や、早期の感染者の確認が極めて重要です。透析患者さんの新型コロナウイルス感染が疑われたり、感染が確定したりした場合、他の透析患者さんの日々の健康状態の確認やPCR検査などを検討します。また、透析以外の患者さんや送迎してくださる介護の方、出入り業者の方など、建物に出入りをされる様々な方についても同様の確認を要することが考えられます。他に患者さんがいらっしゃらない時間帯に治療スケジュールを組むことになれば、透析スタッフに負担がかかることも考えておかなければなりません。
最も大きな問題は、透析スタッフで多くの感染者が出た場合でも、透析医療は継続しなければならないということです。感染症指定医療機関などでは、ある病棟を閉鎖することで他の病棟に配置する看護師を捻出したり、院内感染を断ち切ることを試みたりしたりしますが、1つの透析室のみで透析を行っている透析施設では、その透析室を閉鎖すると透析が全くできなくなります。どんな医療機関でも産業でも、「閉める」ということはとんでもない事態ですが、透析施設が閉院して透析が受けられなくなれば、すぐに透析患者さんの命に関わります。その透析施設に代わって、急に多くの患者さんを一度に受け入れることができる透析医療機関はそうないと思われますし、もしあったとしても業務負担が非常に多大です。そのため、「感染者が出ても閉院はできない」というプレッシャーを感じながら、業務を行っています。
なお、透析施設での院内感染対策は、以前から大変重要視されており、新型インフルエンザの際にも対応がなされました。今回の新型コロナウイルスについても、早い段階から継続的に、日本透析医会や日本透析医学会などから情報提供や注意喚起が行われています。2020年4月30日には「透析施設における標準的な透析操作と感染予防に関するガイドライン(五訂版)」が日本透析医学会から出されており、これは新型コロナウイルス対策に特化したものではありませんが、感染対策に大変役立っています。広瀬クリニックでもそのような情報を元に、感染対策の充実を図っています。
【入院を受け入れる感染症指定医療機関の視点】
透析患者さんが新型コロナウイルス感染に感染したと診断された場合は、感染症指定医療機関に入院することになります。一般的には、感染症指定医療機関も新型コロナウイルス以前から経営は大変でしたので、透析医療について医療スタッフや医療機器を普段から大きく余裕を持たせておくようなことはできません。そのため、透析医療に対応できるスタッフに負担がかかったり、医療機器の不足から空き時間(例えば夕方遅い時間など)に透析をせざるを得なかったりすることもあると考えられます。治療場所についても、通常透析を行う透析室では新型コロナウイルスに感染していない患者さんの治療もしますので、透析のたびに透析後の消毒作業を考慮する必要がありますし、病室からの院内の移動も発生します。透析医療機器や配管などを整えて入院している病室があれば、その病室で透析を行う(透析スタッフから見た言い方で「出張透析」とも言われます)こともありますが、そのような病室は非常に少ないと思われますし、また透析スタッフを要します。
例えば長崎でしたら、感染症医療機関は地域の中核を担う病院が多いです。このような病院では、他の病院ではできないような高度な治療や、重症な患者さんの診療などを担っています。もしもある地域でたくさんの透析患者さんが新型コロナウイルスに感染すると、感染症指定医療機関にかなりの業務負担がかかり、新型コロナウイルス以外の診療機能に大きな支障が出る可能性があります。
【長崎県での取り組み】
以上のように、透析患者さんでの新型コロナウイルス対策は地域全体での重要な課題です。
長崎県では、長崎県腎不全対策協議会や長崎県透析医会という組織があり、長崎大学病院腎臓内科教授の西野友哉先生や同血液浄化療法部准教授の望月保志先生を中心に、対策を検討してまいりました。透析患者さんで感染者が出た際の感染症指定医療機関や地域の中核病院との連携体制を構築していただきましたので、透析医療を担う身としては、安心して診療を続けることができています。また、県内の透析医療機関との様々な情報共有を行っています。行政の皆様にも透析医療の実情や感染対策についてご相談し、長崎県には「透析医療機関等における感染拡大防止等対策支援事業(2)」を創設していただき、感染対策に関わる費用をご支援いただいて、大変助かっています。
透析での新型コロナウイルス対策は、透析医療機関あるいは透析患者さんだけが努力するだけでは、十分とは言えません。多くの方の理解・ご協力をいただきながら、しっかりとした感染対策を続けていただきたいと思います。
※2020年12月3日に一部加筆しています
【参考資料】
(1)日本透析医学会 わが国の慢性透析療法の現況(2018年12月31日現在)
(2)長崎県ホームページ 新型コロナウイルス感染症に伴う医療機関への支援 | 長崎県 (pref.nagasaki.jp)
医療法人陽蘭会 広瀬クリニック
廣瀬 弥幸