新型コロナウイルスパンデミックでの血液透析のシャント治療について
【シャントについて】
血液透析患者さんでは、血液透析を行うために動脈と静脈をつなぐ手術をした「シャント」が必要で、その重要性から「命綱」と言われることもあります。血液透析を始める場合には、スムーズに治療が進むように、事前の手術によってシャントを作っておいて、シャントから血液透析を始められるようにします(血液透析のシャントを作る時期)。一方、何らかの理由でシャントが作れなかったり使えなかったりする場合には、カテーテル(やや太い点滴の管)を血管の中に入れておいて血液透析を行う方法もありますが、シャントに比べると血管の中に細菌が入るなどの合併症(トラブル)が起きやすいなどの理由で、できるだけシャントから血液透析を行うようにすることが推奨されています。血液透析をするためのシャントやカテーテルを合わせて、「バスキュラーアクセス」と呼ばれていますが、日本の血液透析患者さんのバスキュラーアクセスの内訳を見ると、約90%がシャント、約1%がカテーテルとなっています(1)。
【パンデミック時のシャント治療】
新型コロナウイルスは世界的な問題で、日々状況は変化しています。日本では第5波を迎えており、これを書いている時点ではピークを過ぎつつあるように見えますが、たくさんの方が新規に感染している地域もあります。
新型コロナウイルスパンデミック(大流行)では、新型コロナウイルスの診療に力を注ぐために、通常の診療が大きく制限されてしまうことがあります。そうなると大部分の手術、例えばシャントを作ったり修復したりする手術が「緊急でない手術」と判断されて中止され、カテーテルによる血液透析を選択せざるを得なくなったとの報告がなされています。ここでは海外の2つの事例をご紹介し、パンデミック時のシャント治療について考えてみたいと思います。
なお、ここでは新型コロナウイルス感染者が多かった頃の海外の報告に基づいて記載しています。日本とは医療や感染状況等が大きく異なりますので、一つの参考としてお読みください。
【中国からの報告】
まずご紹介するのは、65000人以上の新型コロナウイルス感染者が出て大変な時期だった頃の中国湖北省の報告です(2)。対象となったのは、2020年1月22日から3月10日までに湖北省の44の病院で治療を受けた9231人の血液透析患者さんです。
この時期に新規に血液透析を開始した患者さんのバスキュラーアクセスの内訳を見ると、92.8%がカテーテルだったそうです。DOPPS研究での新型コロナウイルス前の中国全体でのカテーテルの割合は50.0%ですから、新型コロナウイルスのため診療制限がかかった結果、シャントの手術ができなかった影響と考えられます。
血液透析を受けている患者さんでのバスキュラーアクセスの合併症は、496件発生しました。通常このような合併症では何らかの治療が必要ですが、この報告によると、シャントが詰まってしまった場合で治療されたのは約50%、シャントが細くなってしまった場合では約28%、それ以外の合併症で治療されたのは10%未満と、治療自体が制限されていたようです。また、合併症の治療の際もカテーテルを避けることが推奨されていますが、88.6%もの症例でカテーテルが使われていました。
【イギリスからの報告】
イギリスでの報告でも、同じような傾向が見られました(3)。新型コロナウイルスの影響がなかった頃は、カテーテルから血液透析を始める患者さんの割合は55%でした。しかし新型コロナウイルスのパンデミックの時期には、カテーテルの割合が74%に高まったということです。
血液透析患者さんからしてみると、シャントの手術ができないのは大変困ります。そこでこの報告では、通常はシャント手術を行っていない、また新型コロナウイルスの診療をしていない私立病院でシャント手術を行うことにしたそうです。一般的にシャント手術では特別な設備は必要ありませんし、短期間の入院で済みますので、私立病院での手術をしやすかったようです。シャント手術の経験が豊富な医師が赴いて手術をすることで、安全に、また新たな新型コロナウイルス感染を起こすことなくシャント手術を施行することができたそうです。
【パンデミックへの備え】
中国やイギリスでの状況を見られて、驚いた方がおられるかもしれませんが、これらは新型コロナウイルスの治療法やワクチンがなかった2020年の3月前後の出来事です。私が知らないだけかもしれませんが、これまで日本で新型コロナウイルスのパンデミックによって「シャントの手術できない」という状況になった地域はなさそうです。また、現在では治療法がある程度確立されていて、ワクチンも普及してきていることなどから、今後もそのようになる可能性は低いと個人的に考えています。まずはご安心ください。
しかし、将来の感染状況は予測困難ですし、いつの日か他の感染症が流行する可能性もありますし、日本では災害も多いです。「シャント手術がしばらくできない」という可能性を頭に置き、備えておくことは有用だと思います。
例えば、
・腎不全のため腎代替療法(血液透析・腹膜透析・腎移植)を考える時期ですねと言われている方では、早めに主治医あるいは腎臓専門医に治療選択について相談しておく
・血液透析をいずれ受けることを決めている方では、シャントの手術の時期を主治医あるいは腎臓専門医と相談しておく。可能であれば、シャントの手術をする医師の診察を一度受けておく
・すでにシャント手術を受けておられる方では、自分のシャントの特徴を知っておいて、普段からその状態に注意する。変化があれば主治医や透析施設のスタッフに相談し、必要であればシャントの検査や治療は計画的に受けておく
・シャントが使えないときには、一時的にカテーテルによる血液透析を受ける可能性があることを知っておく(カフ型カテーテルというカテーテルでは、カテーテルが入っていても退院できます)
・医療側では、パンデミック時のシャントの治療について医療機関での役割分担を行う
などの準備が考えられます。
【おわりに】
感染拡大や災害は、起きてからでは対応が難しくなることがあり、シャントでも「転ばぬ先の杖」が大切です。腎代替療法の選択やシャント手術の時期などについては、患者さん個々の状態によって異なりますので、状況に応じて主治医の先生によくご相談いただければと思います。
【参考資料】
(1)2011年版 慢性血液透析用バスキュラーアクセスの作製および修復に関するガイドライン
(2)The management of vascular access in hemodialysis patients during the coronavirus disease 2019 epidemic: A multicenter cross-sectional study. J Vasc Access. 2021 Mar;22(2):280-287.
(3) Arterio-venous fistula surgery can be safely delivered in the COVID-19 pandemic era. J Vasc Access 2020 Dec 27;1129729820983166. doi: 10.1177/1129729820983166.
院長ブログ:血液透析のシャントを作る時期
医療法人陽蘭会 広瀬クリニック
廣瀬 弥幸