高齢者の入院と透析|体力と生活を守るために大切なこと
私は、特に高齢の患者さんでは、
入院はできるだけ短い方がよいと感じています。
それは治療の効率というよりも、
人生の時間の使い方の問題だと思うからです。
高齢者の医療では、もちろん治療は大切ですが、
元の生活に戻れるということも非常に重要です。
ここでは高齢の方の入院や人生について、
また専門である腎臓病や透析での考え方について私見を述べたいと思います。
自宅で過ごす時間の価値
私自身、数日入院した経験があります。
個室でしたが、正直あまり眠ることができませんでした。
慣れない環境、生活のリズムの違い、夜間の物音など、
病院という場所は思った以上に落ち着かないものです。
そのとき改めて思ったのは、
住み慣れた自宅で過ごせる時間はとても大切だということでした。
普段は当たり前に思っていることでも、
病院のベッドの上では、その価値がよく分かるように思います。
人は病院に入ると「病人らしくなる」
ある研究では、健康な人でも病院の環境に置かれると、
次第に「患者らしい行動」をとるようになると言われています。
生活の中心が病院になると、
人は自然と「患者」という役割に引き寄せられていきます。
これは決して特別なことではなく、
人間にとって自然な反応なのだと思います。
高齢者での入院の影響
特に高齢の患者さんでは、入院の影響が大きいです。
①体力が低下する
研究では、
・3日ほどの安静で筋力低下が始まる
・4日ほどで関節の動く範囲が狭くなるような変化がおきる(動物実験より)
といった報告もあります。入院が長くなると体力が落ちるのです。
②自宅生活のリズムが失われ自宅が、遠くなる
入院生活が長くなると、「上げ膳据え膳」と言われるように、
やってもらうことが当たり前になります。
これは病院ではやむを得ないことではあります。
しかし、そうすると
・自宅では自分でできていたことができなくなっていく
・自宅に帰ろうという意欲が弱くなる
・病院のほうが安心だと思うようになり、退院しようという気持ちが減る
といった変化が見られることもあります。
入院生活で食欲が落ちることもある
入院すると、栄養バランスを考えた食事が提供されます。
しかし実際には、
・病気の影響
・塩分控えめのため、味がしないと感じる
・慣れない環境
・何でもやってもらうので、活動量が低下する
などの理由で、思ったほど食欲が出ないことも少なくありません。
高齢の患者さんでは、結果として栄養状態が悪くなったり、
筋肉が減っていくことにつながることもあります。
腎臓病や透析開始では、体力低下を防ぎ、入院を長くしないための準備も大切です
腎臓病が進行した方では、たんぱく制限などの食事療法や体調不良などの影響もあり、
他の方よりも筋肉が減りやすい状況です。
また、血液透析であればシャント手術、
腹膜透析であればカテーテルの手術など、透析を始めるための準備が必要になります。
透析の準備をしないまま、緊急で透析を始めなければならない場合には、
一時的なカテーテルを入れたり、全身の状態を整えたりするために、
入院が長くなることがあります。
3週間から4週間と入院が続けば、高齢の方ではどうしても体力が落ちて、
中には歩けなくなるといったことも起きます。
透析などの治療そのものはうまくいっても、
退院したときに以前の生活へ戻れなくなってしまえば、その方にとって大きな問題です。
そのため、透析が必要になる可能性が高くなってきた段階で、
計画的にシャント手術や腹膜透析の準備をしておくことには大きな意味があります。
透析を始めることだけではなく、
その後も自宅での生活を続けられるように考えておくことが大切だと思っています。
「帰れるうちが華」
高齢の患者さんを診ていると、
「帰れるうちが華」という言葉を思い出すことがあります。
退院のタイミングを逃すと、
そのまま自宅に戻れなくなってしまうことがあるからです。
だからこそ私は、
「帰れるタイミング」を逃さないことがとても大切だと思っています。
そのためには
・検査
・治療
・ご家族の準備:退院のお迎え日の予定など
・介護体制:必要ならケアマネジャーさんと相談
などを計画的に、
入院するときから、
あるいは入院する前から、
うまく合わせていく必要があります。
入院は「タイムトライアル」
私は学生時代、陸上競技で短距離走をしていました。
陸上ではスタートがとても大切です。
少しのタイミングの差が結果を左右します。
その経験もあってか、高齢の患者さんの入院を考えるとき、
私はどこかで「タイムトライアル」のような感覚を持っています。
必要な治療をできるだけ早く行うことはもちろん大切です。
しかしそれと同じくらい、
・体力低下を防ぐリハビリ
・退院後の生活の準備
・介護の手配
・ご家族の退院のお迎えの予定
などを、入院した最初の段階から整えていくことにも、
力を注ぎたいと思っています。
そして予定の日に滞りなく、
ご本人が「帰りたい」と思っているうちに、
できるだけ早く元の生活に戻る。
その退院のタイミングを逃さないことが、とても大切だと思うのです。
例えば透析開始で体力と生活を守るために
緊急で透析をすれば、
3週間から4週間の入院が必要になることもあるとお伝えしました。
しかし、事前に1泊2日でシャントの手術をして、
その後は透析開始まで外来で検査をしながら治療を続け、
透析開始が必要となった時に1泊2日の入院で透析を開始すれば、
合計4日間の入院で済みます。
これなら体力も落ちにくく、元の生活を続けられることも多いのです。
生活を忘れないうちに元の生活に戻って、次の入院に備える。
その方が体力や生活の感覚を保てる場合もあります。
一番大切なのは患者本人の気持ち
入院や治療の方針を考えるとき、
一番大切なのは
「自宅で生活したい」
「家に帰りたい」
という患者さん自身の気持ちだと思います。
医療者は治療の安全性や医学的な必要性を第一に考えますが、
体力が落ちたり寝たきりになったりしてしまうことを望んでいるわけではないのです。
「病院のほうがよか」と言われたら、
私は「自宅に帰れる大切なタイミングを逃してしまった」と後悔します。
中心にあるべきなのは、
患者さんがどのように生きたいかという思いではないでしょうか。
医療と生活のバランス
医療は病気を治すだけでなく、
患者さんの生活や人生を支えるものでもあります。
だからこそ、
治療のための時間と、
「体力と生活を保つための時間のバランスと、そのための工夫を考えること」
が大切なのではないかと私は思っています。
そして、結果として患者さんが望む人生を続けられること。
それが医療にとって、とても大切なことだと感じています。
病気によって状況は異なります。
難しい状況の方もおられることでしょう。
私は、治療のために何かを制限することは多いのですが、
患者さんの人生の視点から「工夫すればできますよ」と
言えることも探していきたいと考えています。
【診療案内】
以下のような方は、一度ご相談ください。
・eGFRが低い(45未満など)と指摘された方、
またはご自身で数値が気になっている方
・たんぱく尿や血尿を指摘された方
・透析が必要と言われたが、まだ迷っている方
まずはご相談だけでも構いません。
初めて受診を検討されている方はこちらをご覧ください
→ 初めての方へ
【あわせて読みたい記事】
高齢の方・ご家族の方へ
「透析はしたくない」と思っている方へ|気持ちは変わっても大丈夫です
人工血管(AVG)はいつ選ぶ?高齢者のシャント選択|人生の視点から
腎臓病や透析の患者さんを、家族はどう支える?|無理をしない関わり方を専門医が解説
透析と介護は両立できる?|家族の1週間スケジュール例を医師が解説
透析を受けている方は介護施設に入所できる?|ご家族が知っておきたい現実と対応
透析を始めるか迷っている方へ
透析をするかどうか迷ったときに|専門医と一緒に考える「これからの人生」(SDM)
「透析はしたくない」と思っている方へ|気持ちは変わっても大丈夫です
透析は本当につらい治療なのか ――透析医として患者さんを見てきて思うこと――
血液透析は悪いことばかりではありません|透析医が伝えたい、実際の生活と透析室で感じること
透析になっても人生は続く|透析医として患者さんに伝えたいこと
「透析が必要」と言われたときに、患者さんが不安に感じていること
透析の準備について
透析と言われたらどうすればいい?――準備と考え方を腎臓内科医が説明――
シャントはいつ作る?|専門医が教える「時期の目安」と「個別の事情」
透析を始めるときの流れ|入院・通院・不安について透析医の視点でお話しします
eGFR45未満と言われた方へ|数値の意味と次にすることを腎臓専門医が解説
eGFRが30を下回ったら|透析と言われる前に知っておきたいこと
eGFR:20を切るとどうなる?|症状・治療・透析準備を専門医が解説
eGFRが10になったら|体の状態と透析の準備を始める時期について腎臓専門医が解説
腎臓を守るために自分でできる7つの習慣 ―― eGFRが低下している方へ、専門医が解説 ――
高齢の方のシャントについて
人工血管(AVG)はいつ選ぶ?高齢者のシャント選択|人生の視点から
人工血管(AVG)の種類と選び方|ePTFEと早期穿刺型の違いをシャント医が解説
シャント手術の前に知っておきたいこと|流れ・痛み・不安について透析専門医が解説
透析になってからの生活
血液透析の費用はいくらかかる?|実際の自己負担・制度を透析医が解説
透析になっても仕事は続けられる?|働き方と実例を透析医が解説
腎臓病・透析の食事制限はどこまで必要?|専門医が“続けるコツ”と優先順位を解説
よく読まれています

医療法人陽蘭会 広瀬クリニック
廣瀬 弥幸
