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新型コロナウイルスによる医療の逼迫について

[2020.11.28]

 新型コロナウイルス感染者数が増えてきました。そのため医療を行う側が限界に近づき、これ以上の感染者の増加に対応すること、あるいは新型コロナウイルス以外の病気に対する治療をこれまで通りに継続することが、難しくなってきている地域もあるようです。ここでは新型コロナウイルスでの医療の逼迫について、入院医療を中心に書かせていただきます。

 なお、ここにご紹介する数字については大まかな目安として示しておりますし、新型コロナウイルスの診療や対策の全てを記載することはできませんので、大きな傾向としてお読みください。

 

【新型コロナウイルス以前の医療の状況】

 日本は世界で最も高齢化が進んでいる国です。1990年に47.4兆円であった社会保障費は、現在120兆円を超えています。その中で医療費も増え続けており、平成29年度には43兆円710億円なっていますが、医療費増加の主な原因は高齢化と医療の進歩だと言われています。一方、バブル崩壊後の日本は経済成長が停滞しており、財政が非常に厳しい状況で、1980年代ごろから医療費の抑制が図られています。

 医療の大きな流れとして、2000年前後に複数の重大な医療事故が報道されたことなどをきっかけに、医療に対する国民全体の意識が変わってきました。そのため医療側も、説明を十分にすること、医療安全や院内感染対策、チーム医療の推進などに力を入れるなど、大きく変わってきています。これは当然のことで、いいことなのですが、病院の経営・運営の視点からすると、人員や設備、業務量などは増え、コストがかかるとも言えます。

 

【病床稼働率について】

 現在ある入院ベッドがどれくらい利用されているかの指標に病床稼働率があります。簡単に言いますと、入院患者さんの総数を入院ベッドの数で割ったものが病床稼働率です。全国平均ではおおよそ80%となっています。80%と聞くと余裕があるように思えますが、

 

・土曜日や日曜日は入院患者さんが減る

・年末年始やゴールデンウイークなどでは入院患者さんがかなり減る

・冬場が多いなど、季節性がある

 

などの事情があり、平日や冬などでは90%以上になっていてベッドが足りなくて困るという日も多くあって、結果として年間の平均が80%となっているのです。特に新型コロナウイルスの診療をするような急性期病院では、このような傾向があります。

 一方、ある日の病床稼働率が90%となると、急性期病院の医療スタッフからすれば、満床に近いなという感覚です。これは、

 

・医療が高度になり、医師にも看護師にも(時には設備面で病棟にも)専門性があるため、どんな患者さんをどこにでも入院させられるわけではない

・一般的には病室は男女別

・治療の都合などのため、「この患者さんは〇〇の条件がある病室でないと受け入れられない」ということがある

・入院や退院の数が多く、緊急入院があったり、急に退院が延期になったり、逆に急に退院が決まったりして、入院患者数が予想しにくい

・緊急入院を断ることがないように、ある程度の余裕が必要になる。また、緊急入院ではどんなに重症な患者さんが起こられるか予想が立たない

 

このような理由で、「病床稼働率が90%だから、あと10%も空いているじゃないか。どんどん患者さんが入院できるね」というわけにはいかないわけです。各病院では、担当の看護師長などが入院ベッドの調整の役割を担っており、大変苦労しておられます。

 

 医療経営の視点で考えてみます。第22回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告によると、一般病院(医療法人)の利益率(税引後の総損益差額)の比率は1.5%で、実際には赤字の病院もあります。急性期病院がわずかでも黒字になるためには、病床稼働率が80-85%以上必要だと言われています。ですから、病院のスタッフにしてみると常に忙しい状態でがんばって、ようやく赤字ではなくなる、というイメージです。

 

【新型コロナウイルスによる医療の逼迫について】

 常に忙しい状況であった日本の病院が、新型コロナウイルスに直面することになりました。これまでも感染対策は、医療安全と並んで医療の最重要課題として位置付けられ、様々な対策や整備が行われてきました。しかし新型コロナウイルスは「感染しやすい」という特徴があるようで、そのために新たな対策が必要となっています。実際に感染した患者さんが入院していなくても、対策や情報収集にかなりの負担がかかっています。

 実際に新型コロナウイルスに感染した方の入院治療を行っている病院では、医療スタッフは自分も感染する可能性がある状況で、非常に気を使いながら診療しておられると思います。また、新型コロナウイルス以外の通常診療をやめることもできませんので、多忙な通常診療の上に、新型コロナウイルスの負担がかかっているという状態です。

 最近再び新型コロナウイルス感染者が増加しており、重症の患者も増えています。地域によっては、医療に対して新型コロナウイルスに感染した方の数が多く、医療が逼迫して医療崩壊につながるのではないかと心配されています。新型コロナウイルスの感染者が増えたときに、医療がどんどん新型コロナウイルスのための入院ベッドを増やすことができるかというと、そうではありませんので、その理由を以下にご説明いたします。

 

【医療の逼迫:医療スタッフについて】

 医療スタッフの不足が、最も厳しい問題です。

 よく、看護師が足りないと報道されています。看護師以外の医療スタッフにも大きな負担がかかっていますが、ここでは看護師のことだけ考えてみます。

 急性期病院では、一つの病棟に入院ベッドが40-50ほどあることが多いです。新型コロナウイルスの診療をするような急性期病院では、一つの病棟に30名前後の看護師が配置され、日夜、交代で看護をしてくださっています。

 1病棟に入院ベッドが50あり、30名の看護師が配置されている急性期病院があるとします。新型コロナウイルス(重症患者さん以外)の診療をする病棟を1つ作るとすると、新型コロナウイルスに感染しないようにするため慎重に業務をしますし、個人防護具を着用しての業務は心身の負担が大きいことなどから、より多くの、例えば2倍の看護師を配置するようなイメージになります。厳しい医療経営からして余分な看護師を雇っている病院はありませんから、病棟を一つ閉鎖して、2病棟分の看護師を配置することになります。そうすると、

 

(通常時)

A病棟:50ベッド、看護師30名による通常診療

B病棟:50ベッド、看護師30名による通常診療

  ↓

(新型コロナウイルス対応時)

 A病棟:50ベッド、看護師60名による新型コロナウイルス診療(通常診療は不可)

 B病棟:50ベッド、看護師は配置できないので、閉鎖

 

 結果として通常診療の面では、100ベッドが使えなくなります。

 

 また、医療は高度化しているため、専門をもって診療しています。上記のように配置変更する場合であれ、院外から看護師を連れてくる場合であれ、新型コロナウイルスの診療に必要な知識や技術についてはトレーニングが必要で、それには時間が必要です。

 新型コロナウイルスで重症になっている患者さんの診療には、人工呼吸器や人工心肺(ECMO)も使うような非常に重症な患者さんになると、数人の看護師がつきっきりで治療するような場合もあります。上記どころではない、はるかに多くの人員と、より高い専門性が必要になります。

 

 このように、新型コロナウイルスの診療をすることになると、看護師が容易に不足します。毎年冬を迎えると、医療機関は通常診療だけでも非常に多忙でした。さらに、新型コロナウイルス診療で看護師を配置せざるを得ないとなると人手が全く足りず、短期間に医療人材が大きく増やせるか、あるいは動員できるかというと、それも極めて困難です。これらのことから、新型コロナウイルス診療も通常診療も対応能力を超えてしまうのではないかと心配されています。すでに通常診療において治療が遅れたり、予定手術を延期したりするなど、医療が逼迫している地域もあると報道されています。助けられるはずの命が助けられなくなる「医療崩壊」につながることが、非常に危惧されます。

 

【医療の逼迫:設備について】

 医療の逼迫について、ここでは治療の設備の面から考えてみます。

 重症ではない(人工呼吸器やECMOなどを必要としない)患者さんでは酸素吸入が必要となることがありますが、酸素の設備はもともと作られていることが多いです。ただし、院内感染の発生を防ぐため、スタッフの動線の確保や控室の確保などの設備面の準備が必要になることがあります。

 一方、重症の新型コロナウイルス患者さんの診療には、人工呼吸器・ECMO・透析等の様々な医療機器が必要になります。また、人工呼吸器を使用する場合には、新型コロナウイルスを含むエアロゾル(非常に細かいしぶきのようなもの)が飛ぶことがありますので特に注意が必要で、これが外に漏れ出て感染を拡げないようにするために、部屋の内部を陰圧にする(部屋のある場所から空気を吸いだして、安全に外に出すようにする)設備も必要になってきます。そうなりますと、配管その他の専用の設備が必要になるのですが、このような設備を準備している病棟はそれほどありません。工事をするにしても、かなりの費用と期間がかかります。

 このような設備は、集中治療室などではすでに整備されています。しかし集中治療室を新型コロナウイルスの診療に使うと、これまで集中治療室で治療してきた方をここで治療できなくなります。例えば重症の交通事故での怪我や、大手術後の方などで、集中治療室に入れなければ命を救えないという事態も出てくると思われます。

 このようなことから、特に重症な新型コロナウイルス感染者に対応する入院ベッドを増やすことは、容易ではないのです。

 

【医療経営について】

 診療現場の医療スタッフは患者さんの治療に一生懸命ですし、今はとにかくこの冬を乗り越えることが重要です。経営のことは二の次とも言える厳しい状況なのですが、それでも今後も継続的に患者さんへの診療を続けていくために、安定的な医療経営も大切です。

 現在は、新型コロナウイルスに関する診療報酬が増額されていますが、先ほどの例のように通常診療のための入院ベッドが大きく減ることになるので、病院全体としていただける診療報酬はどうしても大きく減ります。病院の利益率は非常に低く、また患者さんの人数などに関わらず、給与費や医療設備の支払いなどの固定的な費用が多くを占める構造であるため、新型コロナウイルスに対応する医療機関では大きな赤字になっています。他の産業も非常に厳しい中、医療は行政などから多くの財政的支援をいただいており、大変感謝しているのですが、それでも医療経営は非常に厳しい状況です。また、来年度以降も健全な経営のもとに質の高い医療を提供していけるかどうか、心配されるところです。

 

【最後に】

 人類にとって、人と人との交流は大変重要ですし、家族も大切です。社会全体では経済も極めて重要ですし、新型コロナウイルス対応については様々なお立場やご意見があると思います。しかし医療の立場からすると、医療崩壊はなんとしても避けなければなりません。そのためには、とにかく感染者数を増やさないようにすることが重要です。

 以上のことは新型コロナウイルスの医療への影響の一部分であり、他にも様々な困難や苦労があります。もちろん、医療以外の皆様にも非常に大変なご苦労がたくさんあると伺っておりますが、医療の実情についてご理解・ご支援いただけますと幸いです。

 

 

医療法人陽蘭会 広瀬クリニック

廣瀬 弥幸

プロフィール等

 

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